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高橋幸江ヴァイオリンコンサート2018「希望」 結びました(1)

Category自主主催コンサートに関して
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 ブログを新設して最初の記事を記したいと思います。
 先日10月13日(土)、私のふるさとの地、男体山と日光連山を望む栃木県栃木市の北にひっそりと建つ、西方音楽館木洩れ陽ホールにて、私の今年度の主要なコンサート「希望」を催させていただきました。

 ヴァイオリンと共に、自由な心の旅がしたいと胸に希望を抱いて、出航した幸江との名の私の船は、現在2018年、未知の海原にあります。様々な嵐に見舞われ、いのち衰弱したことも、絶望の淵に在った夜もありました。そうしていくつもの峠を越え、今日海はうねりながらも陽光に青々として感じ、周囲には一面の海原がただ広がっているように感じます。高く巨大な権力と、都会と大衆の世界から次第に疎遠になり、それなりに苦労をして髪も薄くなりましたが、私の航路を阻むものはなく、心と体は軽く、鳥のように感じられ、どのような航路をとろうと、私の魂の自由なのだという生き生きとした気持ちで静かに生きています。

 コンサートについては、場を選び、協力者やお客様の皆様を迎えて、火を灯す心で、心、さらには魂の深いところから生まれた音楽を表現していきたい、という望みが強まってきました。また、私はヴァイオリンが生計を立てるお仕事ともなっていますので、演奏家として、芸術家として歩み続けることが、生きるということであり、このお仕事を真に精一杯することが、天に曇りない心でいつも向かうことができることと繋がっています。

 さて、私は14歳の頃、プロ演奏家を志した頃より、ずっと西洋の限られたクラシック音楽という種類の音楽作品を、ヴァイオリンという楽器と共にある文化として、身をもって学び、大量に演奏してきました。そうして31歳のいま、はたと我に帰り、自分はずっと「演じる」音楽をやってきたのだと気付きました。このことは私にとって大きなことでした。昨年のコンサートではブラームスのヴァイオリンソナタを主軸に、今年のコンサートではフランクのヴァイオリンソナタを主軸に置き、演奏に取り組みましたが、深く弾きこむほどに、音楽に込められた作曲者の心や、音楽を生むに至った具体的な体験などが、くっきりと伝わって来、自身も共通した体験があり、心が重なって、一体となって演奏してきました。これが、これまでの人生でも、私がヴァイオリンに力を入れてきた主な動機ではありました。私は子どもの時より、自分の声なき声を全身で叫ぶための、代弁者を探していたのでした。
 このことに違和感を感じるようになったのは、30歳の境目でした。私は100年、200年前の、今はもう輪廻転生しているだろう、しかも国も民族も違う作曲家の音楽を、どうして今日までずっと演奏してきたのだろう、と思うようになったのです。なぜ、いま生きている、いま叫びたい私が、まぎれもない自分の心から生まれた音楽を演奏してこなかったのだろう、と疑問に思うようになりました。過去に生まれた、ヨーロッパで生まれたヴァイオリンの伝統と共にある、クラシック音楽の世界にも、心が共鳴して演奏したい作品はやはりあります。でも、演奏家としてこのような作品を「演じる」だけでは、私は物足りなくなったのです。私は役者をするのではなく、裸で芸術がやりたくなったのです。これが、30歳になった私の変化です。

 西方音楽館木洩れ陽ホールで、2年に渡り継続させていただいてきた、私の私的なコンサートは、私の心の奥の世界と密接に繋がっています。今回の「希望」にて取り上げた4つの音楽作品は、私と作曲者の体験の共通性から形になったものだと感じます。ヴァイオリンの音楽は歌詞がなく、作曲家もすでに他界していますから、当時の音楽の生まれの真実を知るものはありません。でも、音楽は、特に演奏すると心身にその内容が伝わってきて、具体的な光景が心の中に浮かぶほどです。私には、4つの音楽作品の生まれが理解できました。絶望と希望、闇と光、そういったものでした。闇の世界が横たわる世界に生があっても、毎日太陽が揺るぎないまばゆい朝を連れてくる。愛する人がそばにいる。困難でも、苦痛でも、それでも愛に生きよう。・・・ヴァイオリンを通さず、ブログ上で言葉で表現するなら、私はこのような心で作曲家の皆様と交わり、この度のコンサートに精魂を注ぎました。

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 私は、ヴァイオリンを職に、まとまった大きなお金が手に入る分野に、どうしても心が惹かれませんでした。打ち込んで演奏してきたのは、この楽器を通して本当にしたいことがあったからで、それは心も身体も自由に豊かに躍動できる、芸術をしたいという欲求でした。それができないならば、例えヴァイオリンで収入が得られるとしても、心身が束縛される上に成り立つのならば、まったく別の業種で働きながらそちらで収入を得て生きる糧とする方が良いと思いました。このような私は、現在まで、数百人の人の汚物を掃除して働き、一方でコンサート活動と演奏業、また後進の指導に当たっています。

 コンサートにかかる経費の捻出は大変ですが、心を形にしようとすると、一定の金額は避けられません。このような事情から、現在は西方音楽館木洩れ陽ホールの場にご縁をいただき、ひとつ、ひとつと形にして歩んでいる、私の私的なコンサートは、1年に1度、あるいは2度催すことが精一杯です。私は健康に留意し、いのちを大らかに緩やかに生きて、長く人生を旅できるように努めたいと思っています。そうして、晴れの青空の日に、凪の海の日に、ひとつ、またひとつと、自身の心の場として、コンサートを開き、私の心の部屋に親しみを感じお越し下さる方々をお迎えして、コンサート活動を続けられたらと望んでいます。

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 私は本当は、内容の伝わる写真をこちらへ掲載したいと思っていました。ですが、自主主催のため、とてもカメラにまで気が回りませんでした。協演者の篠崎のぞみさんの助けで写真が手に入りまして、文字通り真を写すものとして、掲載したいと思い添付します。終演後の私の姿です。

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この度のコンサートの主旨にご賛同くださり、「協演者」として心強く支えて下さったのぞみさん

 私は今日まで、田中美里さん、篠崎のぞみさんの、二人の共演者に恵まれ支えられてきました。ブログも新設し、二人についても書かなければなりません。記事をお待ちいただければ幸いです。
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